広島思考 カープ女子の始め方の理念

カープ女子の始め方 理念
カープ女子の始め方 理念

 

「~広島思考~ カープ女子の始め方」に
ご訪問いただきましてありがとうございます。
当サイトを運営しております鯉恋(リレン)と申します。

このサイトはカープ女子を中心テーマに、
そこから広島東洋カープ全体のこと、
広島の楽しみ方等をまとめたものになります。

広島とカープが私に思い出させるもの

誰でもそうでしょうが、生まれ育った土地には愛着があり、
小さい頃からすりこまれた記憶や風土は、
例え故郷を離れても、ちょっとやそっとじゃ消えません。

甲子園で故郷を応援するのもそうですし、
ニュースで地元の地名が出た時など、
それまで真剣に見てないはずなのにピクっと反応したり…。

食べ物にしてもそうですよね。
その土地に根付いた郷土料理がありますし、
懐かしい母の味だったりもします。

この年になると、さらに郷愁も深くなり、
カープを観ていると、ふっと思い出すのが父の背中。

もうずいぶん前に亡くなりましたが、
大のカープファンで、いつもテレビの中継を見ながら、
枝豆をつまみに美味しそうにビールを飲んでいました。

今では信じられないかもしれませんが、
私が子供の頃はクーラーがなくて、
真夏でもあるのは扇風機のみ。しかも1台(笑)

ただでさえ汗だくなのに、カープの試合中継がある日は、
エキサイトするもんだから、みんなもう滝汗です(笑)
(せっかくお風呂に入ったのに!みたいな。)

勝てば機嫌がよく、負ければ不機嫌になる
典型的な広島のお父さんでした。

小学生の頃は、よく旧市民球場に連れて行かれ、
なんだかお祭り騒ぎのような雰囲気が楽しかったことと、
まるで少年のように応援する父の姿が記憶に残っています。

お年頃になって反抗期になると、
小さい頃のように話をすることも少なくなり、
一緒に応援することもなくなりました。

特に私は反抗期が長かったので、
父はさぞ寂しかっただろうなぁと思います。

ほとんどろくに口も聞かない、
父が帰ってくると自分の部屋に閉じこもる、
休みの日は友達と遊びに行く!みたいな生活でしたから。

就職して、ひとり暮らしを始めてから、
ようやく気持ちも落ち着いて、
親のありがたみがわかりましたけど、
正直ひどい娘だったなぁと思います。

その頃から仕事帰りに二人でまた旧市民球場に行って、
ビール片手に仕事や上司の愚痴とか聞いてもらったり…。

こんな日が続けばいいなぁと思っていましたが、
しばらくして病気で亡くなってしまいました。
もうちょっと親孝行したかったです…。

このように私の成長の中にカープがありましたし、
今思えば再び父との接点を作ってくれたのも、
カープだったのかもしれません。

鯉恋(リレン)がこのサイトを通じてお伝えしたいこと

最近カープ、カープと騒いでいると、(笑)
「カープの何が魅力なの?」とよく聞かれます。

私の場合は、
「野球云々というより、
 カープが、広島が好きなんよ」と答えます。

ちょうど2016年は、自分の体の不調や家庭のことなど、
色々悩みがあって、精神的に落ち込み気味だったのですが、
絶好調のカープのおかげで前向きになることができました。

主人も大のカープファンなので一緒に行くのですが、
父と同じようにカープの帽子をかぶって、
大きな声で楽しそうに応援しています。

きっと仕事でたまったストレスを、
ここぞとばかりに発散させてるんだろうなって思います。

最初に少し触れたように、広島を離れて生活している今、
カープを通じて「広島」や「家族」を感じているのかもしれません。

折しもここ数年のカープ女子ブーム、
2016年のセ・リーグ制覇、オバマ大統領の訪問で、
広島が注目されていることも一つの理由です。

広島と言えばカープの他にも、
世界遺産の原爆ドームと宮島の厳島神社がありますし、
少し足を延ばせば呉の大和ミュージアム、
尾道の街並み、福山には鞆の浦という美しい場所もあります。

最近ではうさぎ島と言われる大久野島や、
サイクリングができるしまなみ海道なども人気なんですよ。

グルメも牡蠣をはじめとする瀬戸内海の魚介類、
本場のおいしいお好み焼きなど、
まだまだたくさんの魅力が詰まってるんです。

世界遺産のひとつである宮島厳島神社は、
青い海の中に立つ朱色の大鳥居の美しさと、
他に類を見ない圧倒的な構図の壮大さに感動を覚えます。

実際に自分の目で見ないとわからないもの、
景色を見て、綺麗だなー、癒されるなーという気持ちや、
おいしいものを食べて、幸せだなーと感じる思い。

そこに大好きな人と一緒に来ていることって、
当たり前のことのようですが、
実はとても幸せなことだと思いませんか?

特に原爆ドームや広島平和記念資料館は、
色々な思いが湧き出てくる場所なので、
是非一度は訪れてもらいたなと思います。

私はもう10年以上、広島県外に住んでいるんですが、
原爆の日を知らない人が多いことに驚きました。

広島人にとって8月6日は原爆を落とされた日で、
鎮魂の日であり、平和のありがたさを感じる日です。

マツダズームズームスタジアムで試合がある時は、
ピースナイターと言って鳴り物は一切禁止です。

あの日何が起きたのか、一瞬で罪のない人たちが灰になり、
生き残った人は火傷や放射能の後遺症、風評に耐えながら、
どんなふうに生きてきたのか、考える日だからです。

あなたも広島に来られる機会があれば、
原爆ドームの前に立って、少し目を瞑ってみてください。
何かしら感じることがあると思います。

私は帰省して時間があると立ち寄るのですが、
いつも「今の幸せ」を強烈に感じます。

その原爆ドームの道路を挟んで、
向かい側にあったのが、旧市民球場です。
※今はもう取り壊されています。

広島を本拠地とするカープは復興の象徴とされ、
原爆が落とされた1945年から5年が経った1950年に生まれ、
傷ついた人たちの希望の光であり続けました。

設立当初からお金のない球団を助けるため、
まだ食べ者にすら困るくらい貧しかった市民が、
たる募金をして球団解散の危機を救ったのは広島では有名な話。

最近で言うとマツダズームズームスタジアム建設の際も、
たる募金が行われ、建設資金の一部に当てられました。

こんな歴史があるからこそ、
カープの選手たちは一生懸命プレーしますし、
ファンはどんなに弱くても熱い声援を送るのです。

2009年に完成した新球場に行くとわかりますが、
カープ女子、カープ男子がわんさかいます。
みんなニコニコしてとっても幸せそうです。

家族連れも多いですし、
おじいちゃんおばあちゃんも多いんですよね。

こないだ観戦した時は80才を超えてるであろう
ステキな老夫婦の方がお隣の席にいらっしゃいました。

お二人ともしっかり真っ赤なユニフォームを着て、
帽子をかぶり周りと同じように応援してるんですよー。
もう感動してしまいました。

そして2016年、25年ぶりのセ・リーグ優勝です。
あの時の広島市民の喜びようはスゴかったと思いません?
街全体が赤く燃えていましたから。

泣いてる人もたくさんいました。
きっと私のように亡き家族の思いを重ねて、
胸が熱くなった人も多いんじゃないかなー。

カープが優勝してこんなに感動するんだ!
私もあふれ出る感情と涙を止めることができませんでした。
それくらい心を動かされた出来事でした。

私はこのサイト(カープ)を通じて、
今ある幸せが大切だということを
全国の方に伝えていきたいと思っています。

広島がたくさんの生きたかった命が奪われた被爆地であること、
カープは広島復興の象徴だということ、
何の不安もなく野球観戦できる今が幸せだということ。
(カープ女子は今の時代の象徴ですもんね。^^)

あと、広島が全国のみんなに愛されるといいな、
カープファンも増えるといいなと切に願います。^^

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